なぎさ和楽苑

東京栄和会

東京都江戸川区西葛西8-1-1

介護老人福祉施設 特別養護老人ホーム なぎさ和楽苑

このサービスについての相談窓口・担当者の紹介





施設長代理
生活部長
主任生活相談員

鈴木 信男
社会福祉士
介護支援専門員

相談係長
生活相談員

中村 庸子

社会福祉士
介護支援専門員


生活相談員

尾田めぐみ
社会福祉士
介護福祉士
介護支援専門員



生活相談員

石橋 明日香
社会福祉士
介護福祉士
お問い合わせ/   03(3675)1201   9:30~17:00 担当:鈴木・中村・尾田・石橋

このサービスについて

なぎさ和楽苑の特長
【一部ユニット型施設】
昭和55年9月に江戸川区有地を無償貸与で受け江戸川区に設立。
平成17年4月に定員100名⇒120名へと増員しユニットケア(※1)を行う従来型(※2)特別養護老人ホームとして運用開始。
平成23年10月より一部ユニット型特別養護老人ホーム(ユニット型(※3)施設定員40名、従来型施設定員80名)として生まれ変わり運用を開始。
介護保険の要介護1~5までの方で在宅での生活が困難な方など、介護を受けながらご自分らしい生活を営むために支援いたします。
画像をクリックすると拡大します ⇒


※1「ユニットケア」…入居者10名以下を1単位(ユニット)とし、少人数に対して環境を整備し、職員を配置することでお一人おひとりの個性や生活ペースに合わせ、また他者との人間関係を構築しながら生活を営むことができるケアの方法。
※ 2「従来型施設」…制度上一定の条件を満たしていれば居室は4人部屋やリビングがないといった空間でも許可されている施設。また、大規模で集団的な支援で あって良いとされている。国が定める介護報酬と居住費が低く設定され、利用料もその分安価である。(当苑はユニットケアを行っているが生活保護受給者や低所得者の方々のために多床室を設け従来型施設として分類されており、10月1日以降も120名中80名は変わらない。)
※3「ユニット型」…制度上、 ユニットケアの基準(完全個室、ユニットごとに一人のリーダーを配置するなど)を完全に満たしている施設。国が定める介護報酬と居住費が高く設定されており、実際の利用料は「従来型施設」と比較し、収入段階に応じて15000円~47000円程度高い料金設定となる。より個別的なケアが行える環境や人員配置となっている。(当苑は10月1日以降、120名中40名が新たにこの分類となりました。)
【医療対応】
診療所を併設しており日中は常勤の医師が勤務し健康管理がなされます。他に訪問歯科、整形外科医、精神科医が非常勤として勤務しており入居者、ご家族にとっても安心材料の一つです。

【地域・ボランティアの協力と個別対応】
様々な形で地域のご協力を得て、年間6000名前後のボランティアの方々が活動されており、いろいろなプログラムや個別の対応の充実にご協力頂いております。


関連資料

入所申し込みについて

なぎさ和楽苑をはじめ江戸川区内の特別養護老人ホームへの入所申込みは平成15年10月1日より新たな江戸川区の入所指針及び基準に基づく実施となっており、申込み順ではなく、入所の必要性の高い方からご入所して頂くことになりました。
ご本人の状況、介護者の状況等から入所の必要性を総合的に評価し、その上で各施設の入所検討委員会にて入所を決定しております。従いまして比較的要介護度が低く、介護環境が確保されている方は一年以内に入所に至らない可能性が高くなります。
入所申込みの有効期限は1年間となっており、一年を経過しても入所に至らない場合は更新のお手続きが必要となります。

【入所までの流れ】      ※②以降、1年以内に入所に至らない場合は1年ごと更新のお手続き
① 入所説明会に参加
        ↓ ↓ ↓
② 入所申込み
        ↓ ↓ ↓
③ 入所検討委員会で審議
        ↓ ↓ ↓
④ 順番が近くなったら面接
        ↓ ↓ ↓
⑤ 入所契約

【入所申込み】
当苑では相互の契約に基づいた適正な入所を行なうために、施設説明会を実施しております。江戸川区の入所の指針や当苑のサービス内容、料金体系などをご説明させて頂き、ご納得頂いた上で入所申込みして頂いております。
入所申込み説明会は月に2回土日祭日実施しております。1日20名の予約制です。事前にお電話にてご予約ください。
03(3675)1201

【施設のご見学】
施設見学については2階~6階は利用者のプライベートな空間となっておりますので1階の共有スペースのみとさせて頂いております。原則として平日10時~16時とさせて頂いております。(応相談)
事前にご連絡と希望日時をお知らせください。可能な範囲で調整させて頂きます

【施設パンフレット】
「施設のパンフレット」や「重要事項説明書」等を希望者にお渡しすることができます。
郵送を希望される場合、160円切手を同封の上、下記の宛先にお申込みください。
〒134-0088  東京都江戸川区西葛西8-1-1
特別養護老人ホーム なぎさ和楽苑 入所希望資料請求係 まで

よくあるご質問

Q:経管栄養ですが入所できますか?
A:介護を中心とした生活施設であり医師や看護師が夜勤をしておりません。その ため、経管栄養、カニューレ使用者など医療依存の高い方については同時期に12名までの受け入れの制限をさせて頂いております。入所前の面接にて主治医か ら介護中心の施設での生活が困難と判断された場合はご入所することができません。
また、インシュリン注射対応者(内服への変更可を除く)、人工透析通院の必要な方やIVH使用者、胆汁チューブ使用者などは生活施設での医療的対応を超えているためご入所することができないことをご理解ください。

Q:どのくらい待てば入所できますか?

A:入所はお申込み順ではなく江戸川区の入所の指針に基づいて実施しております。現状で260名前後がお申込みしており、年間のご入所は20名程度です。退所要素がなければ永住可能な施設なため、待機期間や空所などの回答が難しいことをご理解ください。

Q:施設での生活も知りたいのですが…
A:生活のご様子、重要事項説明書、料金表をご確認ください。
詳しい内容については説明会にご参加ください。

Q:ユニット型と従来型では料金に差がありますが、選択できますか?
また選択によって差が生じることはありますか?
A:入所申込み時の意向として「ユニット型」「従来型」「どちらでも良い」のいずれかを確認致しますが、入所の順番が近くなった際に改めて意向確認させて頂きます。申込み時と変更することも可能です。

ご入居者・ご家族の声

森重睦雄さん(入居者)

  1. 新生なぎさ -引越し後の変化-
    森重睦雄さん(4階・山茶花)


    長年旧館で過ごしてこられた森重さんにユニットケアへの変化について、さまざまなお話を伺ってきました。

    ■ ユニットケアになって大きく変わったところはありますか?

    「そうだね、やっぱり個室は快適だね。部屋が広くきれいになっただけでなく、昼も自分の部屋でくつろげるし、夜も静かに眠ることができる。これはとても嬉しいことです」

    ■ 「個室」で過ごすようになって生活は変わりましたか?

    「もちろん。周りが騒がしいときは、自分でもイライラしてストレスが溜まっているのが分ったからね。今は静かな個室もあるし、リビングでも穏やかな時間を過ごしています。夜も誰にも邪魔されず、ぐっすり眠れるようになったので、体調的にも快適だしね(笑)」

    ■ ほかに大きく変わったところはありますか?

    「お風呂も大きく変わったよね。体調や身体の機能にあったお風呂が選べるだけでなく、一人でゆったりと入るお風呂はある意味贅沢。しかし、今まで(旧館)は大勢で賑やかに入っていたから、寂しい気持ちもあるかな。たまには昔のように大勢で入ってみたい気もするなぁ(笑)」

    ■ 森重さん自身の中で、旧館との葛藤があるようですね?

    「たしかに長年過ごしてきた旧館の生活には愛着があるからね。昔の生活のほうが賑やかで、快適だった部分もたくさんあった。しかし、ユニットの生活にも良いところはたくさんあるからね。わたしも徐々に慣れていかないとね(笑)」

    ■ 今回は貴重な感想、ありがとうございました。

    「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね」



鈴木康雄さん(ご家族)

  1. ~ 母の介護を通じて ~ (文集なぎさ 2004.1.25 40号より)
    鈴木 康雄

    母、鈴木幸江をなぎさ和楽苑に入苑させていただいて、早いもので8年になります。昭和63年に倒れて(左半身不随となってしまいました)から15年経ちますので、その半分以上ということになります。和楽苑にお世話になる前は千葉市郊外にある病院に通算して7年間おいていただきました。ただ、病院はいつまでも居られる場所ではなく、2、3年ほどした時、相談が持ちかけられました。選択肢は他の病院を紹介するから転院するか、あるいは自宅で半年程度面倒をみられれば、その後また元の病院へ戻れるようにするということでした。
    妻、弟夫婦と相談した結果、私の所で同居しようということになりました。ところが、実際は想像以上に大変であることを思い知らされました。次から次へと用事を言いつけられたり、夜中に何度も起こされたりすると、こちらも段々イライラするようになりました。永い、永い7ヶ月間でした。若干ではありますが、このような体験を経ての和楽苑入苑ですから、新たな生活の様子を見たときには、職員の皆さんがどんな時でも笑顔で献身的にお世話していることに感心させられ、また感謝の念でいっぱいになりました。自分の親だけでも世話をするということは大変であるのに、多くの老人の世話を毎日の仕事にしていることについては本当に頭が下がる思いです。
    よくある話だと思いますが、母も「将来は子供たちの世話にはなりたくない」と言っていましたが、私もそのようなことを言う歳になってきました。言葉で言うのは簡単ですが、子供でなければ和楽苑のような施設ということになるのでしょうか。しかし、その収容能力は増加する高齢者の数には到底追いつかないでしょう。そう思うと将来が心配になってきます。それも数さえ増えればよいというわけでなく、和楽苑のような水準の品質を落とさずに受け入れ体制が充実してほしいものです。
    いずれにせよ施設だけでは収容し切れないですから、そうなると訪問しての介護や看護ということになりましょうが、このような事業を行っている会社の人から聞いたところでは、正に人の手による仕事であり、単に義務的に作業をするだけでなく、利用者とどのようにコミュニケーションをとったらよいか等々悩み、また職員を指導していかなければならないということでした。高齢者人口の増加という社会現象を考えると国等から何らかの援助をしてでも、この面も拡充していかないと介護が必要なのに受けられないであぶれてしまう人が出るようになってしまうのではないでしょうか。
    巷では公的年金のこれからのあり方がよく話題に上がりますが、福祉についてももっと話題として登場してもらい、社会的な関心を高めてもらいたいものです。



秋山淳子さん(ご家族)

  1. ~ 母としあわせ ~ (文集なぎさ 2004.9.30 50号より)
    秋山 淳子

    長年暮らしていた、世田谷での父と母の穏やかな生活。その母の行動の変化に気付かされたのは、母と共に旅行してきた叔母(母の妹)の一言でした。彼女は義父母の介護を経験していました。私たちにも思い当たる事が多々あり、妹と母を連れて病院へ。初期であれば何とか少しでも食い止められるか・・・・・・と。
    父の急死後、半年間弟との同居を経て江戸川区の私の家へ。「くつろぎ」でお世話になりながらでしたが、母自信の不安な心、止めどなく動き続ける母、入浴時の大騒動、夜間行動と二十四時間目の離せない日々でした。日々進行していく母を、ありのまま受け入れられるまでにはかなりの月日が必要でした。そんな時、親類の一人に「母の病は必ず進行する」とのことで特養への申し込みを勧められました。その時は半信半疑でしたが、現実に母の病は進行し、私自身体調を崩しかけた頃、なぎさ和楽苑へ入所させていただけることとなりました。
    あれから五年、自分で意思表現できない母ですが、優しい職員さんたちにすべて手助けしていただき、今では元来のおっとりさを取り戻し、心穏やかな笑顔でいてくれます。一時は言葉を発することも忘れ、口だけパクパクさせておりましたが、最近は一日に何回か会話らしい言葉が聞かれることもあり、驚き喜んでおります。これも細やかなケアのおかげと感謝しています。週に何度か水辺の公園を散歩し、水や季節の花々を自分の手で触れ、確かめながら、私たちは幸せをかみしめています。
    今年三月、旧館から新館への大掛かりな引越し、大勢の方々の協力のもと無事に終わり、皆様本当に御苦労様でした。慣れない建物での新しいユニットでの生活は予想以上に人手を要する仕事量であり、当所何と大変なことと思っておりましたが、若い職員さん方の熱意、エネルギーと対応能力は際限のないものかと感心しております。 建物や設備に左右されることなく、何十年も今まで生きていらした「その人らしさ」を何より大切に、きちんと一人一人に向き合った、あたたかな笑顔での職員さん方の対応、そして安心して過ごせる場所が確保されていることが、福祉(しあわせ)へと通じているのではないでしょうか。
    なぎさ和楽苑のように、地域・ボランティア・家族、そして職員の方々と日々できるだけ多くの人たちに接することのできることが、人としての幸せな生活になくてはならぬことと思っております。



松田町子さん(ご家族)

  1. ~ 柔らかな笑顔を求めて ~ (文集なぎさ 2006.2.15 53号より)
    松田 町子

    少しの不安が、やがて大きな不安へと。平成12年に母は「まだら痴呆」という診断を受けました。何か私にできることは?と思い、母と2人で区のセンターへ、ダンスへ行ったりカラオケ教室へ行ったりと、他にも色々出掛けました。そんな時の母は、私と出掛けるということを、楽しんでいました。
    私が小さい頃から平成11年まで、ずっと働き続けてきた母です。凛とした母です。そんな母が変わってきました。それは一緒に生活しないと分らないほどの、少しずつ。私の2人の娘たちの協力で何とか過ごしていました。毎日いつも怒っているようになり・・・そして、
    ①平成14年3月に骨折し入院、手術。3ヵ月ほど入院。
    ②退院し、2日後に再び入院(20日間入院)
    ③その後、江戸川区の老健へ。しかし徘徊の対応が難しいと言われ、1ヵ月後に
    ④別の老健へ(家から片道3時間かかる)ここは2ヵ月くらいで、
    ⑤妹の家に近い老健へ移動(家から片道2時間半かかる)。が、
    ⑥次の日に入院、手術。その後
    ⑦転院するが
    ⑧この病院では見切れないといわれ家に戻る(20日間近く)。その後
    ⑨老健へ。ここから少しの間は母の状態が落ち着いてくれ、3ヵ月入所して、2週間くらい家に帰るというペースで。(片道2時間半かけて、母と家族とで電車で移動)が、
    ⑩平成16年4月に再び入院、即緊急手術。危ない状態になりましたが、回復できました。また、移動してほしいと言われ、しかし、今までの老健は断られ、妹と2人で互いの近くを探してみましたが見つかりませんでした。
    ⑪高尾山近くの療養病院へ。しかし、母は部屋に入ると暗い顔になりました。「ここに居たくない」という反応をしたのです。認知症になってからの母は、心のままです。だからこそ『本当』を見抜くように思えます。この時だけは、母を置いて帰ることが私の心には重く、不安でいっぱいでした。この頃には、母本人も私たち家族も、心身ともに限界にきていました。
    ⑫その時、なぎさ和楽苑への入所が決まりました。その連絡の電話を聞いて心からホッとし、涙が出てきました。

    平成16年8月に入所してから、母はみるみると元気に明るくなっていきました。私自身、体が弱く、仕事をしながら介護をしていくなかで、3回ほど倒れてしまいました。だからこそ今の『安心』がとてもよく分ります。今の母の穏やかな笑顔は、和楽苑の皆様、ボランティアの皆様、全ての方々の温かい笑顔のおかげです。母の柔らかな笑顔がいつまでも続くようにと祈るばかりです。



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